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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

五

五

「水……水……、水を持って来い!」

まっ暗な部屋の中で、ごろりと転がりながら、新九郎はこう唸きだした。

「水をッ」

焦けるような喉の渇きと、自分の呶鳴り声に醒めて、彼はむっくり身を起こした。

「はてな? ……」

度を過ごした大酔の後で、誰もが戸惑うように、新九郎も、ここがどこか、どうしてどうなって来ている自分かを、しきりに考え出そうと努めたが、あたりは暗いし、寂として物音もないので、ほとんど思い当る所がなかった。すると、

「お水をこれへ置きまする……」

優しい女の声音がしたので、新九郎は細目に開けた障子の方へ身を伸ばして、顫いつくように水さしへかぶりつき、ただ一息に目をつむって飲み干した。

「ああ甘露――」

舌うちして呟くと、後ろの方で、

「ホホホホホホ……」

「や?」

「新九郎様、やっとお目が醒めましたそうな」

「あッ、御方」

ふり顧ってこう言ったまま、新九郎はしばらく呆れ果てていた。そこには、光子の御方がいつの間にか立っている。間もなく燈が運ばれてきた。薄絹張りの行燈に照らされて、この部屋が寮の一室であることが彼にもはっきりと分った。

「御方、どうして新九郎はここへ参っているのでござろう――とんと今日ばかりは覚えがない」