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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「来たな!」

――と新九郎も物蔭で来国俊を握りしめた。

「千浪殿、玄蕃の駕が見えましたかの」

「おおたしかに、今むこうから来る駕提灯は、溝口伊予の四ツ目菱、それを目あてに斬りかかれという殿の仰せでござりました」

「ウム、来たわ、千浪殿支度はよいか」

「はい、かならず女と思うて、私に心を惹かれて下さりますな」

「よく言われた、ああせめてそなた程の意気があの新九郎にあるならば、鐘巻自斎を打ち込むことも出来ぬ業ではなかろうに……」

何かにつけてつい口に出る愚痴の一言。

と、待つ間もなく、人魂のような灯りを振り照らしてタッタと急いで来た黒漆の塗駕、前後に四、五名徒士がついて、一散に羅漢堂の前を走り抜けようとした。ばらばらと駕前に立ち現われた千浪と重蔵。

「あいや、大月玄蕃の駕をそれへ止めい!」

「正木作左衛門の娘千浪、これにて汝を待ちうけてある、いざ、今宵こそ尋常に恨みの刃をうけい」

「春日重蔵、義によって助太刀いたす。最早天命遁るる道はない、武士らしゅう名乗り合って討たれてしまえ!」

その途端に、ガタリと駕扉を開けた音がして、ヌッと首を出したのは、大月玄蕃とは似ても似つかぬ白髪鬢の老武士。