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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

仇ばらし胸の朝映

一

「こりゃ、そこな呆痴者めが、何を聞き馴れぬ世まい言を並べているのじゃ」

「やや!」二人は足許がのめり込むほどのおどろきに衝たれた。

「この方は京極丹後の重役村松瀬兵衛と申す者、その大月玄蕃とやらは、とうに伊予殿の屋敷を抜けて逃亡致してしまったわ。ははははは、さても悠長千万な、そんなことで仇討などできるものか、馬鹿馬鹿しい……」

毒口をたたいて、呆れる二人を尻目にかけながら、前より早く塗駕を飛ばせて行った。

仇ばらし胸の朝映

一

その夜愛宕の下屋敷では、脇息にもたれて松平忠房が、さっきから自鳴鐘ばかり睨んで、仇討の首尾如何にやと、しきりに気懸りな様子である。

当の大月玄蕃は、宵の五刻前に外桜田へかかっている筈。――だのに、今はもう、それから一刻半も過ぎているが、千浪も春日重蔵もいまだにここへ帰って来ない。

「悪くすると対手のために、返り討ちにされたのではないか? ……」

と思うと、忠房はじっとしていられなくなった。近習に様子を見せにやるのももどかしいと思ったか、微行頭巾に無紋の服、二、三人の若侍を連れて、騎馬ぞろいで外桜田の方角へ一鞭当てる――

来て見ると、弁慶堀の附近には、一向仇討のあったらしい様子もない、忠房は不審に思いながら、なお羅漢堂の方へ駒の足を緩めて行くと、前なる闇にそれらしい人影。