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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

五

「これこれ、それへ参るは石谷伴六ではないか」

声せわしく呼び立てた。

「おおご家老様」

駈け過ぎようとした一人の若侍が、息を喘いてそれへ引っ返して来た。

「曲者は多人数か、ただしは一名か」

「相手はどうやらただ一人のようでござります」

「狼狽者めが、小屋敷ならいざ知らず、七万石のお上屋敷にあって、ただ一人のためにこの混乱とは何事じゃ、門番表詰の役人足軽共は何しておった」

叱り飛ばしているところへ、また、血相を変えて飛んで来た若侍の四、五人。ばらばらと廊下先へ両手をついて、

「ご家老様、一大事が出来いたしました」

「なに、曲者の他に、また何ぞ椿事が起ったか」

「いえ、その曲者の所為でござる。只今奥庭の広芝に於いて、大月玄蕃様がご最期を遂げられました」

「やや玄蕃が!」

「しかも、胴体ばかり無残に打ち捨てられてあって、首は曲者が持ち去った形跡でござります」

「ウーム……」

溝口伊予は動顛のあまり、しばらく言葉も口に出ない様子であったが、やがて手槍を引っ提げたまま、若侍どもに明りを持たせて奥の広芝へ来て見ると、首のない玄蕃の死骸が、醜くそこに横たわっている。

当の相手は、首を掻ッ切った上、それを包み去ったものと見えて、玄蕃の定紋付きの片袖がちぎり取られてあった。