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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
三
「ええ、何もかも分っておりまする。お前様の心では、ここで死ぬのが花とも本望ともお思いなさるか知らぬけれど、捨て残されるこの光子はどうなるのでござりますえ。……新九郎様、二人の仲はそんな約束でありましたか」
御方はまた例の執拗にして粘り強い恋の糸を繰り出して、新九郎の意志をも身をも巻き悩ます。そして、男はいつもその魅惑に弱かった。
「今となって、松平家の為に命を捨てたところで、お前様の汚名が失せ、立派な武士道が立つ訳でもござりますまい。それはほんの、千浪とやらいう女子と兄上への申し訳、世間の義理に縛られて死ぬに過ぎませぬわいの。オオ阿呆らしい、人は知らずこの光子は、新九郎様をそんなことで死なすことではござりませぬ。さ、妾と共にすぐこの屋敷を逃げて下さいませ」
「え、ここを遁れ出せと?」
「元より、お前様が武士道を捨て世間を捨てる代りに、妾も栄耀や屋敷を振り捨てて、どこぞの片田舎に隠れて楽しく暮らす約束ではござりませぬか」
「オオ、そりゃたしかに約束もした……武士を捨てようとも言った。……だが、いかに新九郎が未練者でも、今となって何でそんなことができるものか」