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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
「兄上、面目次第もござりませぬ……」
新九郎はじっと首を垂れて、兄の腕頸を抱えたまま、その手に持つ白刃の鎬へはらはらと悔いの涙をそそぎ流した。
御方も共に、いつか物蔭に身を隠して、秋の虫の音を聞きでもするように、樹の幹へ背をもたせかけて、思わず耳を澄ましたのも、重蔵の胸衝つ言葉の力であろう。――彼はまだ存分に言い足らぬが如く、すぐ新九郎に言い返して、
「面目ないという了見があったら、なぜせめて最期だけでも見事にせぬのじゃ。たかが一婦人の艶色に溺れて、お館の難儀も顧みず、また武門も義理も踏みにじって女と共に失せようとは何たる人非人。アア、もうこの上に言う勇気もない。汝を逃がしては松平家にご難題のかかるは必定じゃ。新九郎、兄が成敗いたしてくれるゆえ観念いたせ」
「あ、兄上、しばらくご猶予下さいませ……」
「だまれ、未練な奴めが」
振りほどかれて、足許へ伏しくずれる新九郎。
重蔵は構わずさッと大刀をふり上げて、真っ二ツになれと斬り下げた。新九郎は無意識に身をかわした。
「兄上ッ」
と片手を構えて何か言おうとすると、
「おのれ、兄に手むかいするか」
重蔵は更に仮借なく、肉親の弟へ、向け難き刃を烈々と向けて、今は狂気のようになった。