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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

四

四

「親分、親分はいませんかい――」

と湧井郷の博奕打ち――表稼業は福知山から積出しの船株持ち由良の伝吉の荒格子へ飛び込んで来たのは、馬子の権十であった。

「おおちょうど在宅だが、どうした? また下らねえ揉めごとでも背負いこんで来たのじゃねえか」

と渋い博多の帯に大島紬の着流しで、それへ出て来た由良の伝吉は、苦み走った三十前後の年頃で、さすが船稼業だけあって、江戸前の遊び人と云ってもいい男前に見えた。

「親分、いつもそんな下らねえことばかりじゃねえ。一大事があるから知らせに来たんでがす」

「どうも体の懶いところへ、一大事たあ耳寄りだ。一体何が持ち上がったのだ」

「他でもねえがこの間の大試合でがす。とうとう宮津方の木偶の坊に勝ちを取られて、松平様のご領内の者は歯ぎしりしねえ者はありやせん――親分さんだって行ってご覧なすったでしょうが、まったく残念じゃあありませんでしたかえ」

「何を改まって云ってやがるんだ。こうして福知山の殿様のお荷物で飯を喰ってりゃ、瘠せても枯れても足軽の下くらいなご家来も同様、その上春日重蔵様の先代には、命まで助けられたことのある由良の伝吉だ、そんな講釈を聞かねえでも、口惜しくって男泣きをしているんだ。