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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「やッ己れは? ……」

と浪人は、立ちすくんで愕然とした。――と同時に新九郎も、

「おお汝は大月玄蕃であったの!」

と手を縛られたまま両膝で立って、意外な声をほとばしらせた。

「おう玄蕃だ。汝はすでに音無瀬川に飛び込んで死んだとばかり思っていたが、さては悪運強く今日まで生きのびておったのか」

「うーむ、今はあの時の新九郎ではないぞ! この両手さえ自由になるなら、一太刀なりと千浪の怨みを酬いてくりょうものを……」

「えいッ、うぬあ邪魔だッ」

と洞門の権右衛門は、その時新九郎の縄尻をグイと引いたので、彼はあっと後ろへよろめいてしまった。

その態を、心地よげに見流した玄蕃は、

「はははは福知山名代の腰抜けが、人並みな広言は片腹痛い。じたばたせずとも大月玄蕃が一刀流の切尖で、この六部から片づけるから、神妙に汝の番を待っていろ。今日こそ冥途へ届けてやる」

と冷罵した。そして、

「六部ッ、立ち上がれ」

ときっぱりと向き直った。

戸川志摩はくわッと眼をみひらいて、

「その方どもから我に刃を持たすとは、天のご加護、汝等の悪運の尽きるところじゃ――」

と静かに左の片膝を立て、左の手に鞘の七分三分のところを掴んでジリジリと起ちかけた。