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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
ふいと嫌気がさして来たら、慾も得もなく身ぶるいがするほど、いまの境界が嫌になった。
しかし、それがどこまで根深いものかは疑わしい。お延のこんな心持も、つい今し方、この山荘へ捕われて来た、新九郎の姿を見てから起った浮気性の気迷いであるから。
「洞門の言葉では、岩屋で殺すのだと云っていたけれど、どうしたかしらあの若い侍は?」
浮気にしても、余り熱っぽいお延の眼は、どうしても自分の部屋に落着けなかった。
ふらふらと最前の橋廊下まで来て見たが、何の様子も知れないので、お延は我れ知らず廊下から廊下を伝って、館のどん詰りまで来た時、発矢と、激しい剣の音がしたのを聞いた。
「おや、どうしたのだろう……」
とお延はするすると駈け寄って、黒木の柱につかまりながら首をのばして差し覗くと、今しも奥の広庭で、この間うちから山荘に滞在していた大月玄蕃が、六部姿の戸川志摩を対手に、雨龍太郎の面前で、必死の勝敗を決しかけていたところなのであった――その傍らに春日新九郎が、縄目も解かれずその勝負を気づかって身をもがいている様子である。
二
「ええいッ――」
と大月玄蕃の激しい気合が、その時山荘の水の音まで止めてしまった。