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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

その貝は私の拳を横に二つ合わせたほどの大きさで、べらぼうに重たかった。私は生れつきするめが嫌いであり、いまなお嫌いで、酒を飲みにいっている店でするめを焼き始めでもすれば、待ったなしに退散するくらいである。したがって、そんな味のする貝などを採る気はなかったが、ゆきがかり上そんな顔もできず、大いに乗り気になったふうをよそおって、そのいまいましい貝を五つばかり掘った。

そのとき男は、沖のほうへ歩いてゆきながら、よく響くしおから声で「そのしとー」とどなった。

私が見てみると、二百メートルほど沖を一人の男が西に向って歩いていた。印半纏に足は裸で、頬かぶりをし、両手をうしろ腰に組んだまま、ひどく暢びりと歩いているのである。そこは脛の半ばぐらいまで水があり、男はその水の中で立停って振り返った。

「おめえそこでなにしてるだ」とこちらの看視人がどなった。

「なんか用かね」と男はどなり返した。

「そこでなにしてるかって訊いてるだよ」

「このとおり」男はうしろ腰で組んでいた手を解き、なにも持っていないことを証明するように振ってみせた、「――おらなんにもしてねえだよ」

「なんにもしてねえって」