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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

あいびき

私は嘘だなどとは思わなかった。嘘どころではない、私には増さんを見あげた妻女の眼つきや、その哀訴の声が、現実に聞えるように思えたくらいであった。私のふところにそう余裕はなかったが、増さんにもう一本酒を奢らずにはいられなかった。

あいびき

私は青べかを三つへ漕ぎ入れ、川やなぎの茂っている、土堤の蔭のところで停めて、鮒を釣りにかかった。――そこは沖の百万坪の端に近く、土堤の上を通る人も殆んどない。晩秋の午後の陽があたたかく、そよ風も吹かず、水路の水は眠ったように静かで、澄みあがった空と雲とをはっきり映していた。――例によって釣りの腕前は知れているから、小さなきんこと称する鮒を三尾に、やなぎっ鮠を五尾ほどあげると、それでくいが止ってしまった。場所を移して釣るほどの気持もなかったし、陽のあたたかさと、周囲の静かさが気にいったので、私は青べかの中で横になり、躯を楽にして、持って来た本を読み始めた。

本を読み始めはしたが、いくらも読み進まないうちに眠くなり、陽の光を除けるために、ちょっと顔へ本を伏せたと思ったが、そのまま眠ってしまったらしい。どのくらい経ってからだろう、眼をさますと、すぐ近くで人の話す声が聞えた。