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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「青べか」を買った話

百万坪から眺めると、浦粕町がどんなに小さく心ぼそげであるか、ということがよくわかる。それは荒れた平野の一部にひらべったく密集した、一とかたまりの、廃滅しかかっている部落といった感じで、貝の缶詰工場の煙突からたち昇る煙と、石灰工場の建物ぜんたいを包んで、絶えず舞いあがっている雪白の煙のほかには、動くものも見えず物音も聞えず、そこに人が生活しているとは信じがたいように思えるくらいであった。

私はその町の人たちから「蒸気河岸の先生」と呼ばれ、あしかけ三年あまり独りで住んでいた。

「青べか」を買った話

芳爺さんに初めて会ったのは「東」の海水小屋であった。冬のことで、海水小屋は取り払われ、半分朽ちた葭簾の屋根と、板を打ちつけた腰掛が一部だけ残っていた。町を西から東へ貫流する掘割が、東の海へ出る川口のところで、土地の人たちはそのあたり一帯を漠然と「東」と呼んでいた。

私は海を眺めていた。腰掛は釘がゆるんでいるので、足を突っ張ってうまく支えていないと、すぐさま潰れてしまいそうであった。干潮で、遠浅の海は醜い底肌を曝し、堀の水は細く、土色に濁っていた。急に腰掛がぐらっと揺れたので、私は吃驚して、突っ張っている足に力を入れながら振り返った。