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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

留さんと女

「どんな闇夜でも留さんの顔だけは黒く見える」と云われ、自分でもそれを認めていた。――三十六号の船長のブルさんは、すっかり視力が衰えているため、操舵に当っては留さんの声援に頼らなければならず、そのため留さんは「おらがいねえば三十六号はやみだ」と誇っていることは、「芦の中の一夜」に記したとおりであるが、――自分のそういう意義深い立場を誇っている留さんとしては、色が黒いなどということくらい、てんで気にしないのであった。「おらのうちはおやじの代から船乗りだったでよ」と留さんは云っていた、「色の黒いのあ血筋の正しい証拠だべえさ」

彼は霞ヶ浦の北端にある鉾田町で生れ、父も霞ヶ浦の通船に乗っていたし、彼もごく小さいときから、父といっしょに通船に乗ったということだ。――或るとき私は彦山光三(現相撲評論家)の家を訪ねて、浦粕町のことをいろいろ話していると、彦山夫人が「その留さんなら知っている」と云いだされた。よく聞くと確かに同一の人物らしい、夫人も鉾田町の生れで、留さんが少し頭のあったかいことや、色の黒いのと、ばか踊りの上手なことなど、詳しく知っておられた。これには私は相当おどろいたし、夫人も「世間は狭いものねえ」