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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

土堤の秋

土堤の秋

十月下旬の昏れがた。土堤の斜面の下に、一人の若者が腰をおろして、泣いていた。

斜面は草が茂っているので、土堤の上を通る人には見えない。かなり強い西風が、その茂ったくさむらを絶えまなしにそよがせ、茶色にほおけた草の穂が、風の渡るたびに、若者の着物をせわしく撫でた。空には、金色にふちどられた棚雲がひろがり、土堤の上へ片明りの強い光をなげているが、斜面のこちらはもう黄昏の冷たそうな、青ずんだ灰色のなかに沈んでいた。

若者は立てた膝の上に両手を置き、手先をだらっと垂らしたり、片手で眼をぬぐったりした。ふと大きく溜息をつくかと思うと、首の折れるほど頭を垂れ、その頭を左右に振り、そしてまた眼をぬぐった。

棚雲のふちを染めていた眩しいほどの金色は、華やかな紅炎から牡丹色に変り、やがて紫色になると、中天に一つはなれた雲が、残照を一点に集めるかのように、いっとき明るい橙色に輝いたが、それも見るまに褪せて、鼠色にかすみながらはがね色に澄みあがった空へ溶けこんでいった。土堤の上も暗くなり、ときたま往き来する人たちも、影絵のようにぼんやりと黒く、こころもとなげに見えた。