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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

おらあ抵抗しなかった

若者もそれっきり姿を見せなくなったし、どこの誰ともついに判明しなかった。「おらが佐倉宗五郎だってよ」と住民たちは思いだすたびに感嘆しあっていた、「ああいう命知らずの骨っぽい人間が、もう五六人いてくれたらなあよ、ふんとに、あんなえれえやつはそうざらにはいねえもんだぞ」

汚物処理場がどうなったか、私は覚えていない。

おらあ抵抗しなかった

秋の夜の九時ころ、船宿「千本」の店先に縁台が三つ出してあり、船頭や漁師たちが、涼みながら話したり、酒を飲んだり、将棋をさしたりしていた。――月のいい晩で、空にはほんの僅かな千切れ雲しかなく、根戸川の水面も明るかったし、対岸のいかずちの家並みも、一軒ずつはっきり見わけられるほど明るかった。現に二人の若い船頭が将棋をさしているが、そこは店の外で、電燈の光などは届かないのに、駒を動かすのに少しも不自由はなかった。――三つの縁台に十二三人いたであろうか、一時間ほどまえまでは子供たちも混っていたし、人数も多かったが、しだいに人が減ってゆき、道の往来も殆んどなくなっていた。

河岸には通船が三艘と、釣舟やべか舟が並べてもやってあり、それらには人けがなく、月光を浴びたまま、ひっそりと身を寄せあっているようにみえた。