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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

ごったくや

ごったくや

夕方、私が散歩から帰って来ると、小料理屋「澄川」の娘のおせいちゃんが肩を振りながら小走りに来て、私を呼び止めた。おせいちゃんは二十歳くらいで、躯も痩せているし、ほそおもての、かなり縹緻よしであり、私たちは近所づきあいの仲であった。

「先生まだ晩ごはん喰べてないでしょ」とおせいちゃんが云った。

私はあいまいな声をだした。

「なんにもしないでよ」とおせいちゃんが云った、「今夜うんとご馳走するからね、ごはんも炊いちゃだめよ」

そして彼女は狡そうに笑って、あとで面白い話をしてあげるわと云い、くるっと身をひるがえすと、小さな肩を振りながら、蒸気河岸のほうへ去った。私はそのうしろ姿を見送りながら、「かもが捉まったな」と独りごとを呟いた。

それよりまえ、私が初めて浦粕町へスケッチにやって来たとき、――ここでちょっと断わっておきたいのだが、そのころ私は、どこかへでかけるとき、しばしば写生帳とコンテを持っていって、その土地の風景を描いたものであった。これは絵の勉強のためではなく、スケッチをすると、その土地の風景の特徴をとらえることができるからで、人物のクロッキイなどもかなり残っているが、――そういうわけで、Y新聞の演芸部の記者だった友人をさそって浦粕へやって来、沖の百万坪や町筋や、舟の並んでいる堀などをスケッチし