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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

長と猛獣映画

長と猛獣映画

或る日、――私は船宿「千本」の長を伴れて、浅草へ映画を見にいった。たぶん大勝館だったろう、やっていたのは猛獣狩り映画で、たしか「ザンバ」という題だったと思う。思い違いかもしれないのではっきりは云いきれないが、アメリカだかイギリスだかの夫婦の探検家が、アフリカの奥地で猛獣狩りをする、という筋だったことは覚えている。

この小学三年生の、こまっちゃくれの長は、映画が始まると同時に120%まで昂奮してしまった。彼はシートから身を乗り出し、両手を拳にして、頭を押え、口を押え、膝を叩き、また胸へぎゅっと押しつけたりした。小さな顔は赤くなって、眼は殆んど殺気を帯び、呼吸はときに深く、また喘ぐように激しく、もっともエキサイトすると拳を口に当てて息を止めた。

あらゆる画面で、彼は猛獣どもに呼びかけ、探検家夫妻に注意を与えた。

「ライオンだライオンだ」と長は喚く、「見せえま、先生、生きてるライオンだぞ」

周囲の観客はびっくりして彼を見る。ライオンは仕掛けた罠檻のほうへ歩いてゆく。

「やい危ねえぞ」と長はライオンに呼びかける、「そっちいいくと捉まっちまうぞ、いっちゃだめだ、ええ、だめだってえにな、捉まっちまうったらな、ええライオンのばかやつら、こっちい来いってば」