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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
芦の中の一夜
――気流のいたずらだな。
私はそう思った。密度の異なる気流の層が交わると、一種の蜃気楼に似た現象を起こす、といったようなことを読んだ覚えがある。その夜は気温が高く、梅雨どきらしく蒸していたが、ときどきひんやりした微風が吹いて来た。おそらくそんな気象状況がそういう現象を見せるのであろう。事実は留さんの云ったとおり、どじょうを捕るカンテラ火で、数も七つか八つにちがいない。眼に変化して見えるのは虚像なのだ、私はそう思ったが、誰にも話すつもりはなかった。
「いいかげんにしろよ、吉」と末吉エンジが云った、「留さんをからかったって一文にもなるわけじゃなかんべえに」
彼は狐火にさえ関心がないらしい。ずっと碁盤の上をみつめていたらしい眼を、ゆっくりとあげて私に云った。
「先生の番だよ」
芦の中の一夜
たぶん九月だったと思う、私は「青べか」を漕いで、堀を東の浜へ出た。その浜にはまえに書いた海水浴場があるし、海へ出るまでの浅い水路はごかいを捕る場所になっていた。ごかいはもちろん魚を釣るのに使う餌で、浅瀬の砂の中に棲んでい、月に五回、「砂を抜けて海へ出る」という。そのためごかいというそうであるが、学問的に正しいかどうかは知らない。