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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
浦粕の宗五郎
「独りぐらしだって」と船長はまた狡そうに笑った、「みんななんにも知っちゃいねえだ、おらもこんな話は誰にもしやしねえだがねえよ」
幸山船長は黙った。
私は彼のうっとりとした眼が、岸の上の黒い影絵のような松並木のあたりを見まもっているのに気づいた。やがて幸山船長は欠伸をし、まわりの芦畑を眺めまわした。
「もうじき芦刈りが始まるだ」と船長は云った、「するとやがて鉄砲撃ちがやって来るだ、あれだきゃあうるさくってかなあねえだよ」
私は空が白みだしてから、私の「青べか」を漕いで帰った。そして、二度と幸山船長を訪ねてはゆかなかった。
浦粕の宗五郎
根戸川の下流、沖の百万坪の地はずれに、某企業家が汚物処理の大規模な工場を建てようとし、県へ許可を申請したとか、すでに許可を取ったとかいう噂が広がった。
汚物といっても例の清掃関係のもので、その処理したあとの廃棄物は根戸川から海へ放流するといわれ、それは小魚や貝類を死滅させるから、周辺の漁民ぜんたいの死活問題であると、かなり大きな騒ぎになった。――その声はしだいに広がり、強く激しい輿論をもりあげ、人の集まるところでは、必ずこの大問題が論じられた。