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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

と看視人が云った、「そんならこんなとけへなにしに来ただ」

「ええびだよ」と男は答えた。

ええびとは「歩み」というほどの意味で、つまりここでは散歩と解釈してもいいだろう。男はそう答えながら、ぶらぶらと、老百姓が田を見廻ってでもいるかのように、暢気そうに歩きだした。

「ええびだって」と看視人はそっちへ近よりながら問い返した、「なんのええびだね」

「なんでもねえさ、ただええびに来ただけだよ」

「こんなとけへかね」

「こんなとけへさ」

「ちょっと」看視人は足を早めた、「おめえどこのしとだえ」

「おらがどこのもんかって」と男もまた足を早めた、「どうしてだね」

看視人はさらに足を早めた、「どうしてでもいい、どこのしとかって訊いてるだ」

「おらついそこのもんよ」

「ついそこたあどこだ」

「葛西のちっと先よ」

「ちょっと待て」看視人はもっと足を早めた、「葛西のちっと先とはどこだ」

「ちっと先とはちっと先のことよ」男も同じように足を早めた、「なんでそんなこと訊くだえ」。

「訊く用があるから訊くだ、待て」と看視人は駆けだした、「待て、いしゃあどこのなんてえもんだ」

「おらか」と男が答えた、「おらなんちゅうもんでもねえだよ」