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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

隅のほうへ届く光は極めて微弱だったが、それでも助なあこは本にしがみつき、帳面に眼を押しつけるようにしてノートを取った。

周囲の人たちにとって、この独学はばかげたことであった。そのくらいのエンジナーになるには、五六年も船に乗って、実地にエンジさんのすることを見ていれば、それだけで立派にエンジナーになれるし、現に二つの通船会社のエンジさんたちでさえ、多くはそのようにして機関士になったのである。

お兼のことでからかわれてから、助なあこはすっかり人嫌いになり、ますます独学に熱中した。ねごとの話はたちまちひろまったが、そのまますぐに忘れられた。この土地では、どこのかみさんが誰と寝た、などという話は家常茶飯のことで、たとえばおめえのおっかあが誰それと寝たぞと云われたような場合でも、その亭主はべつに驚きもしない、おっかあだってたまにゃあ味の変ったのが欲しかんべえじゃあ、とか、おらのお古でよかったら使うがいいべさ、と云うくらいのものであった。――もちろんこれら亭主たち自身も「変った味」をせしめているのであるし、また、全部の人たちがそんなに脱俗しているというのでもない。