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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

た。

船室のまわりのあゆみでは、三四人の人影が入り乱れてい、一人が船室の屋根の上へとびあがり、そのあとから私服の一人がとびあがった。あゆみを逃げまわっていた二人の内の一人は、艫のほうから川へとびこみ、一人は並べてもやってあるべか舟へとび移り、それから次つぎと、舟から舟へとび移って、見えなくなった。これらのことは、時間にしてほぼ六七分、多くても十分はかからなかったであろう。捕えようとする者も、逃げようとする者も、極度に緊張しているため動作がぎごちなく、見ているほうで歯の根がうずくほどまがぬけて、鈍重にみえた。たとえば追っている私服が、相手のシャツの背中を掴もうとする、指先は殆んどシャツに触れていて、掴んだかなと見るとき、追われている男がひょいと背中を反らす。それでもう私服の手は届かなくなってしまう。また、船室の屋根へ逃げたのは、あとで聞くと野口エンジナーであったが、彼がとびあがったとたんに、追って来た私服が彼の片方の足首を掴んだ。しかしその私服は、相手の足首を掴まえたことに自分で吃驚したか、あるいは足首を掴まえたことが信じかねたように、戸惑いをし、野口エンジナーはすばやく足首を引き抜いて逃げた、といったようなありさまであった。