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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

と云っている、などという程度のことしか聞くことはできなかった。綽名の「家鴨」というのは、彼がひどいがに股で、躯を左右にゆさぶりながら歩く恰好が証明していた。そういうわけで、増さんのことは平二郎の問わず語りでしか聞けなかったのであるが、それはおよそ次のようなものであった。

増さんはごく若いときから乱暴者で、信じられないほど力が強かった。十七歳のとき米俵を左右の手に一俵ずつ持ったままで、中堀から蒸気河岸まで、息もつかずに走りとおしたそうである。性分は短気で飽きっぽく、酒を飲むと喧嘩せずにはいられないし、喧嘩をすればきまって幾人かにけがをさせた。小学校も三年きりしかいかなかったが、それは勉強ができなかっただけではなく、先生になにか云われるとすぐ逆上したようになって、先生を殴りつけたり、教室にある物を打ち壊したりするからで、先生たちは協議を重ねた結果、葛飾のほうの小学校へ転校させた。往復の船賃は学校で負担する、という条件さえ付いたそうであるが、これは「義務教育」という国家制度の形式をととのえたまでのことで、葛飾の小学校へ責任を転嫁したわけである。増さんが葛飾まで通学する筈はないし、そのまま学校へゆかないことが視学関係に嗅ぎ出された場合でも、浦粕校の責任は問われないだろう、という深い思慮によるものであった。