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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

私はそこの人たちとは知りあう機会がなかった。職人の一人すら顔を知らずじまいだったが、青べかが浦粕における私の生活の中心であったというだけで、なにか云いあらわしがたい親近感を持っていたのである。

――石灰工場主の代が替り、いかずちの船大工はつぶれたか。

私は心の中でそう呟いた。しかし、そのまえに、そうだ、私は少しいそぎすぎたようだ、「千本」の店を出るとすぐ、私は洋食屋の「根戸川亭」を見たのだ。根戸川亭もつぶれて、住む者もない建物は表を閉めたまま、泥のはねだらけになってい、看板もなにもなく、よごれた窓硝子と、羽目板の色あせ剥げちょろけた青ペンキだけが、僅かに昔のなごりをとどめているようであった。

――ああ、根戸川亭もつぶれちまっただよ。

長はむぞうさにそう云った。そして籠屋のおたまが、「おつゆちゃんは十二で――」うんぬんと報告した娘の家の綿屋も、やはり失敗してどこかへいってしまい、その家もまた空家になっていたのだ。

「沖の弁天はまだあるか」

「あんよ、弁天へいってんべえ」

私たちは土堤をさらに川下のほうへくだった。長は先に立って、話しながらさっさと歩いてゆく。