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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
「そして?」
「生きのびられるだけ生きていよう。忠義は、そのほうが忠義と思う」
――意外だという顔ばかりだった。こんな卑怯なことばを下野ともある者の口から聞こうとは誰も予期していない。わけても副使の黒川大隅は、武勇な男だけに、唾するごとくいった。
「何が忠義か。――敵の捕虜となって生き恥さらすことが。下野どの、おぬしにも、似気ないおことばだぞ。すこしどうかしたのではないか」
「いやいや。それが初めから、逃げられたら、逃げ切る。それが能わぬ時は、素直に縄目をうける。覚悟は二つに決めていたのだ。どうもせん、それが当然だ、忠義だ」
「な、なぜ」
「これが、戦場において、捕虜となったというならば、自ら、問題はべつになる。しかし、このたび斎藤下野へ仰せつけられた役目は、戦えというのではなかった。使いして来いとの御意である。――しかもできるかぎり和睦を計って、和談に努めよとの仰せをうけて来たもの。……かかる使者の一行が、斬死したとて、何の足しになろう」
「理くつだ。生きたいための理くつに過ぎん」
「生きたい、生きのびたい。それはほんとだ。よくぞ下野の肚をいい中て召された。