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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

「ああ流浪か、それもいいなあ。そうだ、戦をするよりもな。……人は誰もかも流浪しているよ。おちつけるような世界はない。……おいでおいで、どこでもおいで!」

「どうぞご用意あそばしませ」

「わしはいかないよ」と老人はいった。「ここにいるのだ、ああここにな! あそこへ籠って、あそこへな。……」滝の方を指さした。「わしの命も永くはあるまい。……おこもりをして死ぬつもりだよ」岩組みの方へ歩いてゆく。と、将右衛門を振り返った。「お別れをお告げ! このお方へ!」

「天童よ!」と将右衛門、かたく合掌をしたものである。

しだいに暁に近づいてゆく。片われ月が空へかかった。ちょうどこの頃の事である。富士見高原のふもとにあたって、一点たいまつの火が見えた。のぼって来る二個の人影がある。

「もうすぐですぜ、ねえあねご」

「やっとそれでも行きついたかねえ」

木地師の郷の方角へ、話しながら歩いて行く。

恋人を追って

かなり燃え尽きた松明をかかげ、歩いて行くのは早引の忠三、道中師風の姿である。それと並んで歩いて行くのは、虚無僧姿のイスラエルのお町、明けに近い富士見の高原に、二人の足音がシトシトと響く。