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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

したが、お延と小六の間に、べッとりなすられた気まずい空気は、容易にさらりとしそうもない。

ピチリと、苦しそうに盃の口を鳴らした小六は、やや冷かすような口吻で、女に顔を向けた。

「どうした? だいぶ根よく鬱ぐじゃないか」

「当りまえさ」

お延はそれをきッかけに、一層不平な色を、ありありと、男の眼へ見せつけた。

年増の恋の、熱と手練をくだいて、連れだした新九郎を、むざと、この男に引き裂かれて、もう自分では、鼻についている悪縁の縒へ、再び綯い込まれてしまった運命の不服と、もう一つはかなり纏まった路銀を、山から逃げてくる途中で落してしまった災難――この二つは、みんな小六のせいの如く考えられて、お延の現在を無性に焦立たせているのであった。

「当り前? ……また不貞くさっていやがるな」

「だってそうじゃないか、考えてもご覧なさいよ。江戸へ行くまでには、まだ何百里っていう道のりだよ、大津くんだりで、鐚銭もなくなっちゃッてどうするのさ」

「どうにかなるよ。世の中はそんな融通の利かねえものじゃない。愚痴を云ったって始まるもんか」

「七日とたまった宿銭だって、払う工夫のつきた今だよ。