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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

そこの主は大草額平という者、すなわち、玄蕃と一緒に歩いていた浪人で、何かの縁から、玄蕃は雨龍の山荘を下って以来、ここに同宿して、空しい日を送っていたものと見える。

「時に大草氏、不意のようでござるが、身共はいよいよ近いうちに、ここを出立致そうと思い決めた」

家に入った玄蕃は、編笠を片隅に抛りだすと、すぐこう云って、何か決意の色を示した。

「そりゃ余り急ではないか、拙者も其許も、どうせいつまで北陸の田舎城下で、浪人暮らしでもあるまいから江戸表へでも乗り出そうとはかねて相談していたところだが、何で今日に限って、にわかにそう急き出されるのじゃ」

「往来中では話せぬゆえ、ここまで黙って参ったが、実は飛んだよい行きがけの駄賃ができた。そこで急に腹を決めた次第」

「ふウむ……その行きがけの駄賃というのは?」

「秘中の秘、滅多に口外ならぬことじゃが、他ならぬ其許ゆえ打ち明け申す――そちらの窓を見て下されい」

と玄蕃は裏口の方を見廻して、さて、再び席へかえると、一段と声を密やかにして、何事かを大草額平に打ち明けはじめた。

八

七日ほど前から、本陣鍵屋に宿泊していた正木作左衛門は、当地へ来た役目も無事におわったので、明日は福知山へ帰藩することになっている。