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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「お欣び下さい。まずこの通り討ち止めてござります」

「そりゃ、誰の刃で?」

「え、誰の刃でとは?」

「ホホホホホホ。お前様が、捨身で足を払った前に、妾の手から飛んでいた物がお分りないようでは、まだまだ真の剣客の域は少し遠うござります」

御方は笑いながら、微かにぴくぴくしている大円房の側へ寄って、死骸の脇腹に突っ立っていた一本の懐剣を引き抜き、血糊を拭ってピタリと自分の帯の鞘へ納めた。そして、

「あ……」

と、呆れ顔の新九郎へ、声を低めて囁いた。

「恋の助太刀……恋の助太刀でござりますぞ。これで妾は、お前様を三度救った命の親、妾を捨てたり、他に女を拵えたりなどなさると、お前さまとて用捨はしませぬ、きっとこの懐剣が肯きますまいぞ……」

「御方様」

間近にくる侍女の声。何気なく振り向いて、

「何じゃ」

「こんがらにせいたかとか申す者が、新九郎様はこちらかと訪ねておいでになりました」

「おお、折よく二人も奉行所からゆるされて来たと見える。果し合いの勝祝いじゃ。新九郎様、眺めのよいむこうの部屋でこんがらやせいたかも寄せて、ゆるりと寛ぐと致しましょうわい」

また今日も、新九郎の一日は、御方の甘い媚と、陶酔の酒に暮れそうである。