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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

しかし、眠れる良心は、時折、俄然として醒まされる。けれど、彼自身剣の深さを知れば知るほど、鐘巻自斎の非凡が分り、名を思いだすだけでも怖ろしい感じに衝たれ、何と思おうが駄目だと観念してしまった。いや、そう諦めるよりしようがなかった。

「そうだ、拙者は千浪と抱き合って、音無瀬川へ身を捨てた時に、あのままこの世へ甦えらなかったら幸せであったのじゃ……、でなければ、昔ながらの新九郎でいれば、江戸三界でこう苦しむこともなかったろうに、いっそ死ぬか、死んでどうなる……」

と思いながら、じッと地べたをみつめてゆくと、御方のやかな姿やお延のあの艶めかしさが、足もとへ絡むように泛いてくる。

「酒だ、酒がさめた、酒が醒めた!」

彼はこう叫んで、不意にもの狂わしく走りだした。

×

どこをどう飲み歩いていたか、新九郎は、それから四日ほど後の夕方、またも、人通りの多い日本橋の袂に倚りかかって泥酔していた。

「何だと思ったら、珍しくもねえ酔どれの侍か」

「そうくさすない、上野の丘で山手組を八、九人も向うへ廻して、可哀そうな虚無僧を助けた御曹子の新九郎だ」

「え、これが御曹子の親分か、姿にも似ず大層な腕前だそうだが、怖ろしい飲んだくれだな」