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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「お恥しい身過ぎの業、お耳をけがすまででござります……」

「いやいや、その呂律には重蔵の義心があろう、妙な調べには千浪の孝心貞節もこもるであろう、予はその妙韻を聞きすましたい、是非、何がな一曲奏んでくれい」

間もなく、静かな愛宕の下屋敷では、夜と共に清楚な宴が設けられた。喨々として水のせせらぐに似た尺八の哀韻、それは二人の数奇を物語るかのように、呂々転々の諧調を極まりなくして、心なき詰侍の者さえ泪ぐましい気持に誘われた。

×

新九郎は昨夜熱病のように唸されていた。

いつも、酒の力で前後不覚になる彼が、夜もすがら悶々として側にいる御方を怪しませた。

耳をおおえども眼をつぶれど、すぐ崖下から聞えてくる尺八の呂律は切々として新九郎の胸に迫るのだった。

彼の良心は、その密やかな音にピンピンと鞭打たれ、五臓の血を絞らるるばかりに苛責された。彼はゆうべ一夜で八大地獄を彷徨うほどな苦患をおぼえた。夜が明けても、新九郎は窓に心を奪われて悩乱を続けている。そしてふと夕暮刻、昨日の裏門を出て行く兄の姿と千浪の影を再び見た。

彼は、フラフラと茶室の縁から草履を突っかけた。