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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

」

「殿様は先程中屋敷へお越しになって、後は一同へご酒下され、ご家老の溝口様も村松様も大分破目をはずしたらしいから、今夜のご酒宴は、今が盛りの頃だろう」

「それを思うと吾々は、殿様を中屋敷へお送りした上、手銭手酌で、味気ない安酒宴のご満悦が下らなくなるな。アア巧く一つご指南番にでもなりたいものだ」

「はッははははは、腕前さえあれば、百石千石も望み次第、遠慮なしになるがよいではないか」

「なれぬと思うて嘲弄するな、不肖ながら秋山大助、今でこそ足軽を致しているが、一朝事ある場合には」

「楊子削りの腕前で、拾い首ぐらいはして見せるか。わはははははは」

足軽組の方でこんな声が湧き立った時、その話を耳にして、片隅からひょいと後ろを振顧った一人の浪人がある。

見ると、外桜田から姿を消した新九郎だ。

さっきは酒の気がなかったと思うと、今はもうここで一升あまりペロリと飲って、耳朶を桃色に染めている。

「アアいけねえ、少しこぼれて来やがった……」

とば口にいた仲間態のが呟いた。

「なに降って来たか?」

今までしきりにしゃべっていた足軽の秋山大助という男。それを聞くと何か用事を思い出したと見えて、そそくさと、壁に吊るしてあった合羽を引っかけ、竹の子笠を申訳に頭へ乗せてヒョロヒョロ門を出て行く様子。