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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「オオ、あれだ!」

元の所へ攀じ登って来ると、こんがらの重兵衛、思わず大声で彼方の人影を指さしたので、先でも気がついたか、ひょいと編笠をこっちへ向けた。

「ウム、たしかに自斎」

バラバラと駈け寄った新九郎、いきなり抜き討ちをかけるような勢いで、

「しばらく!」

呼び止めておいてから、更に四、五尺の前まで近づいた。

「拙者をお呼びか――」

と不審な色。笠の目堰をぴたりと向けて、じっと見澄ます自斎には、変り果てた新九郎を、その昔、小野の道場で出会ったあの青年とは思いも付かぬらしかった。

四

吾ながら、腑甲斐なしとは思うが、ここ千載一遇の大事と思えば、新九郎の五体はおのずからブルッと顫えてやまぬ。

「あいや鐘巻自斎! かく申す者は、小野忠雄の道場にて、見参いたしたことのある重蔵の弟春日新九郎じゃ。かねて約束の二度目の試合を所望いたす、いざすぐこの場に於いて支度をいたせ」

「おお!」

自斎はハタと袴の膝を打って、

「月日の経つまま、いつか忘れ果てていたが、いかにも何処やらに覚えのある新九郎――して、その後の修業は充分に積んでおいたか」

「言うまでもないこと。不肖ながら新九郎も一匹の男じゃ! ここに姿を現して試合を望む以上、きっと汝に打ち勝つ自信あればこそ。