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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

無論、そんな気配は、夢にも知らぬ二人であった。

「ち、千浪殿、刺し違えて下されい――」

と新九郎の声は悲痛そのものであった。右手にかまえた切尖は千浪の胸の前で、ただわくわくと顫えていた。

「そうじゃ! いっそ……」

と千浪はその刃から、一寸も退いてはいなかった。どこまでも失わない理性を澄ませて、新九郎のふるえる脇差の手頸を握った。そして自分の右手は懐剣をギラリと抜き持って、もう死顔になっている男の喉へピタリと向けた。

「乳の下を……乳の下をお外しなさりますな」

きらりと――互いの白刃が綾に閃めいたかと見えた刹那、ぬッとそれへ現れた浪人の片足が、二人の腕を下からぱッとすくい上げた。

「あッ」

ともぎ離されて仰向けになった二人は、雲突く男の影と三悸みになって、しばらくじっと無言の闘争を張りつめていたが、千浪は懐剣の柄を固くして、

「なに意趣あって足蹴にしやッた! 御身は一体何者じゃッ」

と木魂するほど、鈴の声を強く投げた。

「千浪――」

と熊谷笠のうちからも、その時はじめて錆びた声音が洩れた。名を呼ばれて千浪は恟ッと、

「な、なんじゃと?」

と、眸をみはった。

「そちが忘れている筈はない。