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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
と明答したであろう。――それ程、緊張つめた気持であった。
埴生村の村はずれで、茶店に腰かけて空腹を癒やした時、新九郎は初めて旅にふさわしからぬ己れの仕度に気づいて、草鞋を買い袴の股立ちをからげたりしていた。
奥を覗くと、ちょうど茶店の亭主が髯を剃っている様子、新九郎は頷いて小腰を屈めた。
「ご亭主、折入って頼みたい儀がござるが……」
「はあ、何でごぜえますな」
「誠に恐れ入るが、その後で拙者の前髪をおとしてはくれまいか」
「へえ! 月代をお取り遊ばすので?」
と亭主は怪訝な顔をした。
「そうじゃ、世話であろうがやってくれい、前髪姿では道中とかく馬鹿にされるでの」
「宜しゅうござります。じゃこちらへお掛けなせえまし、その代り素人でがすから痛いのはこらえて下さっしゃい」
と亭主は剃刀を研ぎ直した。
十九という歳まで半元服で、前髪振り袖で暮らした軟弱な記念を、この日に剃り落すということは、新九郎に大きな意義があった。どんな武家の元服の場合より、偉大な覚悟を持っての元服であった。
「どうでがす。痛かあごぜえませんかな?」
「いや、よう剃れる剃刀じゃ……」
と新九郎は、惜し気もなくバラバラと膝に落ちてくる黒髪に、感慨無量の眼を落していた。