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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
と云って、決して私は彼の手を握り返すことはしなかったのである。
又、彼がそのような肉体的な事柄ではなく私に親切を尽したことは云うまでもなかった。彼は私に色々贈物をした。芝居や活動写真や運動競技などに連れて行ってくれた。私の語学を見て呉れた。私の試験の前などには、我事の様に骨折ったり心配したりしてくれた。その様な精神的な庇護については、今も猶彼の好意を忘れ兼ねる程である。
だが私達の関係が、いつまでもその程度に止まっている筈はなかった。ある期間を過ぎると、暫くの間、彼は私の顔さえ見れば憂鬱になってしまって、黙って溜息ばかりついているような時期が続いたが、やがて彼と知合って半年もたった頃、私達の上に遂にある危機が来たのだった。
その夜、私達は下宿の飯がまずいと云って、近くのレストランへ行って、一緒に食事をしたのだが、彼はなぜかやけのようになって、したたか酒をあおり、私に呑めと云って聞かぬのだ。無論私は酒なんか呑めなかったけれど、勧められるままに、二三杯口にしたところが、忽ちカッと顔が熱くなり、頭の中にブランコでもゆすっているような気持で、何かしら放縦なものが心を占めて行くのを感じ始めた。