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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
「見せえま」と老人は喚き続けた、「揚げっ放しにしといたからちっとばかはしゃいでるだが、まだこんなにしっかりしてるだ」
老人は舟べりや舳先を、大事そうに撫でたり叩いたりした。私はそれを眺めながら、老人が舟をひき起こすときのすばやい動作には二つの意図があった、ということに気づいた。一つは私を捉えること、他の一つは去年の枯れ草が覗いていた舟底の穴を私から隠そうとしたのだ、ということである。――もう一つ、これを書いては人が信じなくなるだろうと思って、書かないことにするつもりであるが、老人が舳先を掴んでゆすぶったとき、舳先の尖ったところが折れてしまった。すると老人は自分の手にある折れた舳先の、折れたところへ唾をつけて、元の部分と合わせ、そこを片手で押えたまま、いっそう高ごえになって喚きたてるのであった。事実はこのとおりだったのだが、これを文字にすると、おそらく人は筆者が調子づいてふざけていると思うにちがいない。「事実を書く」ということがいかに困難なしごとであるかは、こんな些細な点でも思い知らされるのである。
「よし、そんなら三と五十にすべえ」と老人は云った、「これ以上は鐚一文負からねえだ、三と五十、これで話はきまっただ」