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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

赤貝はそれほど大きく、また、信じがたいほど数多く、掘れば掘るだけ出て来た。私はそれらをいちど青べかの中へ運び入れ、戻って来てまた掘った。するとこんどは蛤にぶっつかった。蛤もそれまでに見たことのないみごとなやつで、しかも粒が揃っていたし、掘る手を待ちかねていたかのように、ぞくぞくと転げ出て来た。

そのとき私は、満ち溢れる幸福感の中に一種の不安、不安というほどはっきりしたものではなく、人間が幸福すぎるときに感じる「これは現実のものだろうか」といったような、おちつかない気分が小指を動かすのを感じた。そうして、その気分を立証するかのように、一人の男が近よって来た。――それは逞しい男であった。ぼったと呼ばれる腰っきりの沖着の下から、古びた下帯を覗かせ、裸の太腿から脛へかけてびっしょり毛が生えているうえに、筋肉がこりこりと瘤をなしていた。陽にやけた顔もぶしょう髭が伸び、濃い眉毛の下の大きな眼は、いまにも私を覘って弾丸を発射する二つの銃口のようにみえた。

「なにをしてるだね」と男は云った。

私は答えて、砂上に掘り出してある蛤を指さした。男は蛤を見、私の顔を吟味するように見、それから蛤を見て、また吟味するように私を見た。