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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
男は次に散髪屋で湯沸し器を買ったことや、消防組の組員の変ったことや、どこそこの誰かがどこそこへいったとか、その場の空気とはまったく無縁な話を、続けさまにきりもなく並べた。そうして、女が聞きくたびれたと思われるころ、また急に恋のくどきに戻った。
「女が騙されるって云うけれど、そりゃあ男が騙すんじゃねえ、女が騙されるようにできてんからだべえ」
「女がどうできてるって」
「女の躯にゃあ男と違ったきけえがあんだ」と男が云った、「どんなきけえだっていつも使ってるか、油あさして掃除をしなけりゃあ錆びっちまう、女のきけえだって放っとけば錆びついて使いものにならなくなるだ、だから」
「だから錆びねえように騙されるっていうのけえ、ひん」と女が云い返した、こんども間違いなく「ひん」と聞え、女はさらに続けた、「錆びねえようにまちょうに掃除のできるきけえを持ってる男がいたらおめにかかりてえよ」
恋の囁きにしてはあまりに率直すぎると読者の中には疑惑をいだく向きもあろうかと思うが、彼女が率直すぎることよりも、むしろ浦粕ではこんなに根気よく、恋のさそいかけをすることのほうが稀なのである。