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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
岸がんは駐在所へ連行され、栄子も呼び出された。そのとき栄子は「喜世川」へ移っていたが、駐在所へいって、そこに岸がんのいるのを見たときは、肝がつぶれてすぐには口がきけなかった。
「あんた生きてたの」と栄子が云った。
「おまえ生きてたのか」と岸がんが云った。
それから取調べが始まり、岸がんはすぐにかぶとをぬいだ。栄子は岸がんの告白を聞くと、かっと頭へ血がのぼって、岸がんにむしゃぶりつき、平手打ちをくれたり蹴ったり、引っ掻いたり噛みついたりした。止めにはいった巡査にも噛みついたし、駐在所の窓ガラスも一枚砕いたそうであった。
「その巡査までが同類みたいに思えたのよ」と栄子が云った、「先生の前で云っちゃあなんだけどさ、男なんてみんなけだもののろくでなしのぺてん師だよ」
私が訊き返すと、栄子は顔をしかめながら首を振り、大きなおくびを三つもした。
「なにを怒ったかって、訊くまでもないでしょ、岸がんのやつ強い催眠薬だなんて云って、ほんとは重曹をのんだんですってよ、あんまり人をばかにしてるじゃない」栄子はそのときの怒りがまだおさまらないとでもいいたげに呼吸を荒くした、「こっちはおかげでいい笑いものにされちゃったわ、ばかばかしい、肚が立つったらありゃあしない」