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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
やがて土堤を左へおりた。その辺もすっかり家が建ち、それも文化住宅ふうのしゃれたアパートなどさえ見えた。きたなく濁った下水に沿ってゆくと、小さな掘割があり、「これが一つだよ」と長が云った。
「え、これが一つ※(「さんずい+入」、第4水準2-78-20)だって、これが」
「こんなきたねえ堀になっちまっただ」と長が云った、「田圃ができて農薬を使うからねえっ、いまじゃ鮒一尾いやあしねえだよ」
これが広い荒地の中に、澄んだ水を湛えていたあの一つ※(「さんずい+入」、第4水準2-78-20)だろうか。藻草が静かに揺れている水の中を覗くと、ひらたという躯の透明な小さい川蝦がい、やなぎ鮠だの、金鮒などがついついと泳ぎまわっていた。私が青べかを繋いで鮒を釣った川やなぎの茂みはどの辺に当るだろうか、――いまでは底が浅くなり、灰色に濁って異臭を放ちそうな水が、流れるでもなくどろっと淀んでいる。日本人は自分の手で国土をぶち壊し、汚濁させ廃滅させているのだ、と私は思った。修善寺へいったら、あの清流に農薬が流れ込むため、蛍もいなくなったし川魚も減ったという。そんなに農薬を使って米ばかり作ってどうしようというのか、史上最高の収穫と、米をたらふく食っている一方、水が汚され、自然の景物がうち毀されていることを知らない。