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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
そのうえ、人に背負われるなどという経験はまったく記憶にないから、おぶさってもいいという気分はまったく起こらなかった。
「でえじょうぶだってば」と長は構わずにこっちへ背中を向けた、「こっちは馴れてるだからしんぺえはねえよ、さあ」
私は二人の同伴者を見、来た畦道を見やった。戻るのも遠すぎるし、土のゆるんだ畦道の危なさを考えると、これまたうんざりである。長は背中を向けて跼み、「さあ、さあ、おぶさんなよ」としきりにせきたてた。
――そうだ、人を背負うのは馴れているんだ。
釣客を船から陸へ背負ってあげることは、船頭には珍しくない仕事の一つである。私はそれを思いだしたので、おそるおそるではあるが長の背中へおぶさった。おぶさったとたん、長の躯の重心に加わる私自身の重量感が、極めて過重であることを私は知った。長は第一歩を踏みだし、その躯は左へ大きく傾いた。半長靴の泥に踏み込むぶきみな音が聞えた。次の一歩は右へ、大きくぐらっと傾き、私の足が水につきそうになった。
――だめだ、こいつは転ぶぞ。
私は長の肩にしがみついたままそう思い、同時に、長といっしょに水の中へ転倒するならそれもまたよし、と思った。