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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
「貴方は憎いお人でござります」
御方の顔色は、酔いざめの新九郎の目に、剃刀の如く冷たく鋭く見えた。
「水瀬や女中どもに手分けをさせて、どれ程尋ねたことやら知れませぬ。これ程まで、心をくだいている妾を捨てて、お前様はどこへ逃げるお心意でございますかえ?」
「逃げる? ……何で拙者が」
「いいえ」御方は姿の美しさと、怜悧な眼ざしに彼のうろたえざまを畳みかけて、
「分っておりますわいの、お前様は、あのお延という女の行方が知れぬので、どこにも落ちついていられないのでござんしょうが……、風呂屋町に隠れて、媾曳していたあの女が、いつぞやの夜から見えなくなったので、それが苦になるのじゃ」
「…………」
新九郎は俯向いてしまった。御方の粘りづよい、濃い油のような嫉妬は、彼の酒の名残まですッかり醒ましてしまった。
「ホホホホホ……」御方は何を思い当ってか独りで笑った。
そして、
「どうあろうと、妾はお前様という者を忘れることはできませぬけれど、憎いやつはそのお延、恋の恨みを晴らさずにはおきませぬ」
「御方、そのような女、この新九郎には覚えがない、何か思い違いでござろう」
「きっと、お前様は知らぬと仰っしゃるか」