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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

と蠣殻門を出て行った。

「はたから見れば栄耀の身じゃが、あの通子もかえって妾より苦労であろう……」

御方はあとを見送って呟いたが、ふと、その考えは新九郎のことに移ると、ただもう恋に他愛のない女性に返って、ガラリと元のように障子を開けひろげた。

模様のような葉洩れ陽が、畳に細かい影を揺れさせた。さっき、昼の酒に酔い倒れていた新九郎は、起きて窓口にぼんやり凭れかかっていた。

「おや、いつの間にお眼覚めでしたえ?」

御方は、すっかり下世話の女房気どりになって、新九郎のそばへ摺り寄った。窓の下はすぐ小笹の崖で、崖の下は何屋敷か怖ろしく森とした裏門口にあたっている。で、ここにこうして美男美女の一対が、狭い窓口に顔を寄せ合っていても、誰に見られるおそれもない。

「酒の気が離れると、貴方は死人のようにお鬱ぎなさるのが癖じゃ……ねえ新九郎様、こうしているのを楽しいとは思いませぬかえ?」

「また少し頭が痛む――ああ、どうも痛い」

新九郎は青白い――この頃は殊に青白い顔を、しきりに振り動かしている。

「新九郎様、貴方は今の話を聞いておりましたろうが」

「聞いていた、――けれど、それで頭が痛む訳ではない、今朝の酒が悪かったらしい」