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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

小梅の寮

ウフ、忠公、役づいたぞ!」

「親方、行くんですかい、行かないんですかい?」

「うせやアがれ!」と威猛高、忠三どなったものである。

「まだいたのか! 途方もねえ奴だ!」

「ひでえや!」とわめくと子分の権十、外へ一散に飛び出した。

小梅の寮

小梅の里も奥まったほとり、一つの寮が立っていた。金目垣にささやかな門、庭木が小暗くしげっている。南向きの六畳の部屋、経机を前にしとねにより、書見している一人の武士、ほかならぬ袴広太郎。顔色蒼く頬もこけ、全身羸痩しているのは、杉窪の里で受けた傷が、いまだにたたっているからであろう。しかし眼の色がカラリと明るく、結んだ唇に穏やかさのあるのは、心にゆとりがあるからだろう。

間のふすまがサラリと開き、しとやかにはいって来たのはイスラエルのお町、手に茶道具をさげている。だまって坐るとだまって茶をつぎ、だまって進めたものである。と広太郎だまって取りあげ、ゆるやかに喫したものである。で二人眼を見合わせた。と、微笑がほころびた。意味深長な微笑ではなく、非常に率直な微笑なのである。

「妾は愛しておりますのよ」「ええ、そうして私も」こういう意味の微笑なのである。