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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

八

役儀表は、主君忠房の音物をもたらして、福井の城主松平越前守のご機嫌伺いであった。元来福知山の松平家と福井の松平家とは、姻戚関係のある親藩であったから、この使者は、年に一度は必ずある例になっている。

「藤三郎、今日はご用明きの身となったによって、夕暮まで他出致そうと思う。明朝出立の用意、手ぬかりないようにしておいてくれい」

作左衛門は自分の部屋で、無造作に出支度をしながら云った。若党の藤三郎は、ちょっとそれを手伝った後で、畳をすべって両手をついた。

「ではお供廻りの用意を致させましょうか」

「それには及ばぬ。まことはここから近い鯖江の町に、私の儒学の恩師牛石先生がおいでになる。もう滅多にお目にかかれぬ間がらゆえ、十年ぶりでお顔を拝して参ろうと思うのじゃ。槍の挟み箱のという仰々しいことはごくお嫌いな先生、それに暇どりするゆえ、一人で駕で行ってくる。結局その方が私も気楽じゃ」

「でもござりましょうが、せめてお駕わき一人は、是非お供にお連れ下さりますよう」

「む、折角の心配じゃ。では五平でも連れて参ろう」

と云っているところへ、次の間外に女中の声がする。

「伝吉様と仰っしゃる方が、お目にかかりたいと申します」