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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

二

風呂屋の名入りの傘を持ち、高足駄を蹌踉と踏んで、

「いや、こんな晩に駕は野暮じゃ、小六殿、いつ通っても神田川は気持がいいのう」

「殊に、この酒の気のある顔へ、ぷッと吹っかける雨の味が堪りませぬわい」

「それはそうと、お延さんは一体どうしたのでしょう」

と提灯を持って、先に歩いていた乾分の者が、投げ槍の顔をふり顧ると、小六はべッと唾を吐いてさも苦々しそう。

「あいつはこの間から、少し様子が変っている、今度姿を見せやがったら、片輪になるほど打ちのめしてくれなきゃならぬ」

「と言う口が、いつもお延さんの姿を見ると、がらりと、打って変ってしまうのだから怖ろしい」

久八がまぜ返すと、あとの四人が、憚りもない高声でどッと笑った。そして、銀杏稲荷の鳥居の前を過ぎかけた――

機会は目前に過ぎて行く。新九郎はお延の合図を心待ちにしていたが、その様子がないので、後ろにいるせいたかとこんがらへ、

「こうなりゃ五分と五分だ。男らしく名乗りかけろ」

と、駈け合図を言い捨てるが早いか、自分から真っ先に、ばらばらと躍り出して、

「待て、笊組の一門どもしばらく待て」

大刀、閂に構えて、精いっぱい呼び止めた。