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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「や、では俄かにご当家が譲ることに相成りましたか」

家臣たちは無念そうに拳を握った。ましてや千浪と重蔵は、むしろ茫然としたさまである。

「御老中秋元殿は、京極家とは姻戚の間がら、それを頼んで執拗く掛け合いに参ったのは丹後守の反間苦肉じゃ。否と申せば、公儀上席の御老中の顔を潰すようにもなるで、無念ながら今日の所は渡してつかわせい……」

と、いいつけた者を立たせてから、忠房は宥めるように重蔵と千浪を間近く招いてこう云った。

「したが……両名とも決して案じることはない。今日玄蕃を引渡したのは、折角御老中のお顔を立てたまでのこと、これで先方の一分も立ったことゆえ、明夕溝口家から丹後守の屋敷へ玄蕃が出向く途中を待って仇討いたしくれいという先方の頼みじゃ。僅か一日延びるだけのことゆえ、不承でもあろうが得心いたしてくれよ」

「勿体ないお言葉、何で異存がござりましょう」

「ウム、その心算で、明日までは悠々英気を養っておくもよかろうのう、重蔵」

「それ承りまして、ほッと安堵仕りました」

「もっともである、千浪も眉を開いたようじゃの……はははは、とにかく、今宵は心祝いの酒なと酌みながら二人の尺八でもゆるりと聞き澄ますであろう」