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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页
二
人目もなし、聞く人もない闇の裡に、新九郎は心の底から良心の叫びを上げた。そしてその後ろ影を伏し拝んでいたが、やがて、雨気を含んだ一陣の風が大地を払って吹き去った途端に、彼の姿も一散に風の行方へ走り出していた。
二
足軽仲間などの屋敷者相手と見えて、麹町の淋しい横町に、まだ一軒の酒売店が起きていた。
縄すだれに樽床几、土間には八、九名の客が、酒のうん気の中にやんやと騒いでいる様子。
そろそろ油が心細くなりかけた軒行燈の下に、四、五本の六尺棒が寄せかけてあるのや、縁台の上に笠、提灯箱、法被などが、雑然と抛り出してあるところを見ても、およそこの中に騒めいているお客様の種は知れる。
ここは、丹後宮津城の主――すなわち松平忠房と確執ただならぬ相手の、京極丹後守の上屋敷に近い所だ。邸内のお長屋に住む侍だけでも五十余名、足軽小者は二百人を数えようという大世帯、従ってこの居酒屋は、優に一軒の華客で商売になっているとみえて、仲間一組、足軽二組の顔ぶれは、ほとんどいずれも京極家の者らしい。
「しかし秋山、貴公は今日返り新参になられた、大月玄蕃様のお顔を見受けたかい」
「ウム、夕刻殿様へお目見得で、お錠口へかかる時チラと見受けたよ、大分永い間ご浪人していたそうだが、さすがに昔山陰で鳴らしたご指南番、どうしてなかなかお立派なものだ