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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

左典のいう神力とは何であるか、新九郎にもよく解せなかったが、仙味を帯びた老禰宜の風格には衝たれるような威厳があった。

「では、今宵の五更にまたお目にかかる……」

左典は客に会うべく奥へ消えた。後に残った新九郎は、何か神の示現でもうけたような気がして、しばらく恍惚としていると、側からこんがらが、

「新九郎様、何やら書物のようなものが、懐から落ちそうになっていますぜ」

と注意した。

「えっ……」

覚えのないことなので、ふと手をやって見ると、「剣秘不識篇」の一冊。

「はて、どうしてこんなものが、自分の懐に……」

と、怪しみながらパラパラと中を開いてみると、挿み紙の走り書きに、自斎の残した数行の文字。

=新九郎殿へ申す。今日のお働き実に見事。まさに大円満の明鏡は研き出されんとす。さりながら血気にはやる暴勇。功を急ぐの短所。ともすると一点の瑕瑾たらんかをおそる。自愛一層の精進せられよ。余は、足かけ七年尋ね廻りし恩師富田五郎左衛門先生にも遂に巡りあわず、空しくこれより郷地播州船坂山の草庵に戻らんとす。ただ待つものは貴下の三度の訪れなり。さらば。

真夜中である。夏ながら大妻籠の山中、肌寒いような冷気にふと眼がさめる。